魔法使いを演じる

  • vol.54/コンプレサー通信2020年4月号掲載

仕事部屋の窓からきれいな空を眺めていたら、いつか空を飛べると信じていた幼い頃を思い出した。

あの頃は魔法使い、エスパー、マジシャンの区別など無く、不思議な力がある特別な人達だと信じていた。

だから、近所のおじさんが自分の親指を握り取るマジックを見せてくれた時も素直に信じて驚いた。

親指を握りこんで隠すだけの単純なタネ。

そのおじさんに

「悪い子の指を取りますよ」

と言われ、必死に逃げたのが懐かしい。

おもちゃ屋さんに手品道具が並んでいるのを見つけ、その秘密が知りたくって母に頼み込んで買ってもらったっけ。

家に帰ってドキドキしながら開封、その単純なタネ仕掛けを知ったとき、夢から覚めたような気分になったのを思い出した。

先日、百円ショップの手品を買って演じることに。

道具をみた少年が

「同じのを持ってる!」

と声を上げるのを見てシメシメ。

マジックが終わると

「ボクがもっているのと全然違った!」

と目をまるくしていた。

マジックは演者によって別物になる奥深さがあるからね。

「どうしてそんなことができるの?」

と聞かれたので

「魔法かもね」

と答えたら、

少年は目をキラキラさせていて、その様子を見ていた大人たちの拍手が、あたたかい気持ちにしてくれた。

近代奇術の父、ロベール・ウーダンが遺した

『マジシャンとは魔法使いを演じる役者である』

という古い言葉がある。

その気になれば、タネ仕掛けを調べることができる現代にはあわない言葉だと思っていた。

コンプさんは

『マジックにはタネと仕掛けがある』

というのを大前提に、マジックの魅力を伝えたいという思いがあるけど、子供たちには魔法使いを演じていいのかもしれないなと思う。

「魔法使いはいない、魔法で空は飛べないよ」

と、幼いコンプさんに誰も言わなかった理由を考えてみる。

魔法を信じる大切な時間を終わらせるのは、マジシャンの役割ではないよなぁ。

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