あの女芸人さんの気持ち
- vol.38/コンプレサー通信2018年12月号掲載
まだマジックに出会う前、趣味でお笑いをやっていた。
初舞台は会社の同僚とコンビを組んで出演したっけ。
もう十五年くらい前の話。
その後、休日を利用して、いろんなライブやコンテストに出たのが懐かしい。
金沢の友人が企画したライブに出ることになった。
そこには、ボクたちアマチュア芸人に混ざって、東京からプロの女芸人さんが出演することになっていた。
誰でも知っている事務所に所属している人だった。
その女芸人さんは、帽子を深くかぶってサングラスとマスクをつけて会場に現れた。
いかにも芸能人、というスタイルにオーラを感じる。
リハーサルが始まると、その人は客席に座った。
腕組みをしながら音響や照明についてあれこれ細かく指示を飛ばす。
素人だけで運営しているライブなので、みんなてんやわんや。
いつも、なあなあでやっているボクたちとは違う、プロのこだわりに驚いた。
アマチュア芸人たちのネタが終わり、いよいよプロの出番。
サングラスとマスクをはずしたその人の表情は、ド緊張だったボクたちとは違い、落ち着いて見える。
ネタが始まった。
モノマネを取り入れた漫談、テンションの高い彼女とは対照的に、静かな客席。
大きな盛り上がりもなくステージが終わり、ボクたちは拍子抜けした。
「ありがとうございました」
後かたずけを終え、楽屋からでてきたその人は、ボクたちに深々と頭を下げ去って行った。
その背中がなんだか小さく見えた。
「全然ウケていなかった、本当にプロか?」
と、容赦のない声が聞こえてきて、芸人の世界は厳しいなぁと他人事のように思った。
まだ、サラリーマンだったコンプさんに、あの女芸人さんの気持ちが、わかるはずもなかった。
あの女芸人さんが誰だったのかを思い出したくって、友人にメールを送った。
「○○さんです!数年前に、若くして亡くなったそうです」
まさかの返信に驚いた。
ネットで調べたら、女優、放送作家として活躍しているさなか、病魔に襲われたらしい。
なんだか胸が苦しくなる。
来年コンプさんは、あの人がこの世を去った、四十五歳。
悔いのない時間を過ごさなきゃ。