エッセイ:あなた自身であれ
あなた自身であれ
マスクのズレが気になったので、直そうと手を口元にもっていってから、マスクをつけていなかったことに気が付いた。
マスクのズレを直すという動きがクセになっているのだ。
ちょっと間抜けだけど、これはこれで、習慣がつくりだす人間のすごさだなと思う。
「手が勝手に動く」というのはマジシャンとして大切にしている感覚のひとつだ。
マジックは、意識しなくても手が勝手に動くくらいじゃないと、観客の反応に臨機応変な対応をしながら展開することはむずかしい。
無意識に手を動かせるようになるには、日常のなかで、その動きを繰り返し、体に染みこませるのが一番だ。
その際「使う筋肉と神経を鍛える」イメージで行うと効果的。
筋肉や神経をイメージ通りに動かせるようになる頃には、その動きが癖となり、「その人にとって違和感のない自然な動き」になる。
「その人にとって違和感のない自然な動き」は大切で、例えば、袖をさわる動きの中でこっそり秘密の動きを行いたいときは、普段から袖をさわる癖があれば、その人にとって自然な動きなので、怪しまれにくくなるというわけ。
名人ダイバーノンは「自然であれ、あなた自身であれ」と言った。
すばらしいお言葉だなと思う。
マジックは、人の心を相手にする芸能、そう簡単に心を動かすことはできない。
上っ面なキャラクター作りではなく、習慣を変えてでも、なりたい自分を目指すのだ。
※vol.67/コンプレサー通信2021年5月号掲載