エッセイ:観客の心持ち

観客の心持ち

「四十九日法要でマジックショーをお願いしたいのです、故人がマジックがお好きだったそうで。」

ホテルの営業担当者さんからお電話が。

どんなシーンでも演じることができるマジシャンを目指しているから指名がうれしかったけど、四十九日法要での公演は初めてなのでちょっと不安に。

約一ヶ月前にお父さんを亡くしたご家族、ご親族はどういった心持ちで参加されるんだろう。

中には不謹慎だと感じる人もいるのではないか。

マジックショー本番、演じなれた宴会やイベントとは違う静かな空気に戸惑いながらも盛り上げようと頭をフル回転。

「目に見えないトランプを使います。見えないけれどあるのです」

場にあわせたセリフで展開、オチで本物のトランプが出現するクラシックマジックだ。ところがそのトランプを控室に忘れたことに気が付き焦りながら一言。

「見えないトランプを消してしまいました…」

おかしなセリフに笑いが起こった。流れに乗って盛り上げようといくつか演じるも手応えがないまま公演終了、内心モヤモヤしていたら女性が立ち上がって言った。

「お父さん、マジックが大好きだったの。本当にありがとうございました。」

拍手が広がり大きくなっていく。皆さんの笑顔を見ていたら、マジックを楽しむことだけが目的ではなかったことに気が付き空回りぎみだった自分を恥じた。

観客の心持ちを正しく受け止め、合わせることができていなかったなと振り返る。

表面的な盛り上がりばかりを気にする薄っぺらな感覚から卒業しなきゃなと思う。

マジックの練習だけではうまくいかない奥深さを改めて感じた。

※vol.69/コンプレサー通信2022年6月号掲載