エッセイ:へい、いらっしゃい

回転寿司のカウンターの中。まきすと包丁、シャリの入った桶

へい、いらっしゃい

高校の帰り道。

制服のまま、魚屋さんへ寄り道するコンプさん。

「おばちゃん、そのフクラギ、一匹ちょうだい!」

「はいよ。……あんた、ほんとに魚好きだねぇ」

おばちゃんは、今日も笑っている。

きっかけは、生まれて初めてのアルバイトだった。

町にできた、回転寿司のチェーン店。

お皿を数えたり、レジを打ったり、洗い場に立ったり。

そんな中で、どうにも目が離せない人たちがいた。

カウンターの中の、職人さんたちだ。

店長に、お兄さんみたいな社員さんと、おじさんみたいな社員さん。

その手が、しゅっ、しゅっと動く。

次から次へと、お寿司ができあがっていく。

かっこいい。

見ているうちに、うずうずしてきた。

あーー、やってみたい。握ってみたい!

もう、いてもたってもいられない。

家に帰るなり、見よう見まね。

「お母さん、お魚おろさせて!」

三枚におろして、ご飯で握ってみる。

やってみると、これが面白くてしょうがない。

そうして始まったのが、あの魚屋通いだ。

炊飯器には、昆布……ではなく、昆布茶をひとふり。

ご飯がうまくなるコツだと、店長が教えてくれた。

あとは酢飯をつくって、握って、食べる。

バイト代は、気づけば、魚に化けていた。

稼いだそばから、好きなものに消えていく。

……今と、何も変わっちゃいないなぁ(笑)。

そこまで来ると、本場で試したくて、たまらない。

ある日、意を決して、店長にお願いをした。

「お寿司、握れるようになったんです。握らせてください!」

「じゃあ、一回握ってみ」

言われるまま、きゅっと一貫。

……なんと、合格。

それからは、お店が混むと、カウンターの中に呼ばれた。

「へい、いらっしゃい!」

注文をきいて、握って、出す。

たまらなく、楽しい。

「卒業したら、うちに来ないか」

そう言った店長の顔が、いつになく真剣で。

本気で、寿司職人になろうかと思ったほどだ。

結局、その道には進まず、

いま握っているのは、シャリではなく——トランプ。

あの頃の店長も、お兄さんも、おじさんも。

今の自分より、ずっと若かったんだろうなぁ。

みんな、どうしてるかな。

あのお店は、あれからすぐに無くなった。

跡地には、いろんなお店が代わる代わる。

今はたしか、ラーメン屋さんになっている。

いつだったか、その前を通りかかった。

「へい、いらっしゃい」

……そんな声が、聞こえた気がした。


エッセイを読んでいただき、ありがとうございます。書いているのは、富山のマジシャン・コンプレッサーです。