夢中になる|好きなことを探すより、目の前のことに飛び込んでみる
おはようございます!マジシャン・コンプレッサーです!
2026年8月29日(土)、となみ野倫理法人会の第131回 経営者モーニングセミナーで、「夢中になる」というテーマで講話をしました。
話しながら、ずっと胸の中にあった問いがあります。
大人になると、どうして夢中になることが難しくなるんだろう。
好きな仕事が見つからないからでしょうか。才能がないからでしょうか。それとも、時間がないからでしょうか。
これまでを振り返ってみると、答えは少し違いました。
好きだから夢中になったのではなく、目の前のことに飛び込んでいたら、いつの間にか好きになっていた。どうやら順番が逆だったんです。

用水路をのぞき込む少年に、足を止められた
少し前、県の全体役員会へ向かう朝、福岡駅まで田んぼ道を歩いていました。
田んぼの横を通りかかったとき、用水路のそばに小学生くらいの男の子がいるのが見えました。手には網。道路の下へ水が流れ込む暗い入口を、顔が水面につきそうなほど近づけて、じっとのぞき込んでいます。
後ろには、日傘を差し、バケツを持ったお母さんらしき方が立っています。でも男の子の目には、もう用水路しか入っていません。
何かを捕まえても、食べるわけではないでしょう。次の日には、その魚のことを忘れているかもしれません。それでも、あの瞬間は全力です。
その横顔を見たとき、昔、小学校でマジックショーをした日のことを思い出しました。
控え室からグラウンドを見ると、子どもたちが力いっぱい走り回っていました。体力づくりのためでも、誰かに褒められるためでもありません。ただ走りたいから走っている。汗だくなのに、楽しそうでたまらない。
「最近、こんなふうに何かに全力で、夢中になって取り組んだことはあったかな」
用水路の少年に、心の中を見透かされたような気がしました。

子どもの頃は、好きになる前に手を動かしていた
子どもの頃は、漫画家になりたくて、高岡工芸高校のデザイン科へ進みました。夢中になって描いていましたが、漫画家になるための具体的な道筋を考えていたわけではありません。
高校時代には、寿司屋でアルバイトもしました。最初の仕事は、皿洗いと掃除です。
ところが、職人さんが寿司を握る手元を見ているうちに、どうしても自分でもやってみたくなりました。帰りに「ふくらぎ」を買い、家で三枚におろして握ってみる。うまくいかないから、またやってみる。
うまく握れるようになってくると、店長に「寿司を握らせてください」と頼みました。次の週から、忙しい時間帯にカウンターの中へ入れてもらえるようになりました。
寿司が得意だったから始めたのではありません。皿を洗い、職人さんの手元を見ているうちに握ってみたくなり、挑戦してみたら面白くて、どんどんのめり込んでいったのです。
ところが、社会人になってからは少し違いました。
百貨店の販売促進や宣伝企画の仕事を17年間続けました。会社や仕事への批判ではありません。当時の受け止め方の話です。
任された仕事をこなしながらも、心のどこかで「これくらいやっておけば、落第にはならないだろう」と線を引いていました。漫画にも、寿司にも夢中になれたのに、仕事だけは時間を忘れるほど入り込めませんでした。
今思えば、好きになれる仕事を外に探しながら、目の前の仕事には自分から壁をつくっていたのかもしれません。
最初の出演依頼は、マジックではなく風船だった
マジックとの出会いは、デパートへ来ていただいたマジシャンに、控え室でマジックを見せてもらったときでした。
目の前で見せてもらった手品に驚き、すぐに夢中になりました。
思い起こすと、最初にいただいた出演オファーは、マジックショーではありませんでした。風船を作ってプレゼントする役でした。
会場は、我が子が通う保育園の夏祭り。細長い風船で動物を作るバルーンアートです。
会場へ行くと、最初は誰も並んでいません。それでも一つ、また一つと作っているうちに、目の前に長い列ができました。
列をさばくことで精いっぱいになり、途中では「引き受けなければよかった」と思うほどでした。それでも手を動かし続け、ようやく終わって顔を上げると、園庭いっぱいに赤、黄、緑、青の風船が揺れていました。風船を持った子どもたちも、お父さんも、お母さんも笑っています。
その景色を見た瞬間、「これが人前に立つ仕事の喜びなんだ」と、体の奥から湧いてくるものがありました。
かっこよく見られたいとか、いくら儲かるかとか、そんなことは一つも考えていませんでした。必死になって、目の前の風船を作り続けていただけでした。
先にあったのは、損得ではなく心でした。
倫理法人会で読む『万人幸福の栞』には、働くことそのものに喜びを見いだす、という学びがあります。以前は「好きな仕事を見つければ幸せになれる」という意味だと思っていました。
でも、寿司屋と風船のことを振り返ると、こう読めるようになりました。
好きなことを探し続けるより、まず目の前のことに心を込めてみる。喜びは、そのあとからついてくる。
会長職は、夢中にならざるを得ない場所だった
倫理法人会へ入った当初は、人に会うことへの苦手意識をなくしたい、人前で話せるようになりたい、できれば仕事にもつながればいい。そんな期待がありました。
やがて高岡市倫理法人会の会長を3年間務めました。その途中で新型コロナウイルスの流行が始まり、マジックの仕事はほぼゼロになりました。
気持ちは沈みました。倫理指導を受けたときに返ってきた言葉は、「明るく、明るく、もっと明るく」。そう言われても、すぐに明るくなれるものではありません。
会の間だけは明るく振る舞い、終わるとどっと疲れる。仲間の顔を見ると一瞬だけ心が晴れ、離れるとまた沈む。そんなことを繰り返していました。
それでも会長には、次の朝が来ます。仲間に声をかけ、会のことを考え、できることを一つずつ進める。自分の都合だけでは逃げられない役だったからこそ、目の前のことに向き合い続けました。
気がつけば、会員数は70社台から100社を超え、15周年の式典も開くことができました。
でも、いちばん大きかったのは数字ではありません。
「会長職が好きだから頑張れた」のではなく、先に役を受け、損得を忘れて動いているうちに、仲間と会が大切になっていた。ここでも、順番は同じでした。
夢中になろうと力んだわけではありません。夢中にならざるを得ない場所へ身を置いたことで、いつの間にか夢中になっていました。

話を聞いた皆さんも、自分の「夢中」を探していた
この日は、となみ野倫理法人会にとって令和8年度最後のモーニングセミナーでした。澤田喜成会長にとっても、2年間の会長職を締めくくる朝でした。
そんな大切な回に、34分間お話しする機会をいただけたことをありがたく思います。
講話後の感想シェア会では、「いろいろな話が結びつき、自分のことを考えさせられた」という趣旨の声をいただきました。「社会人になると、夢中になることが減っていく」「いろいろなことを抱えすぎて、どこに夢中になれるのか分からなくなる」という率直な感想もありました。
講話を聞きながら、それぞれが自分の暮らしへ引き寄せて考えてくださったのだと思います。
それこそが、この日にいちばん伝えたかったことでした。

夢中は、探し当てるものではないのかもしれない
用水路をのぞき込む少年も、真夏のグラウンドを走る子どもたちも、「夢中になろう」と決めたわけではありません。
目の前のことに、ただ入り込んでいました。
大人になると、先に意味や得を求めてしまいます。「役に立つか」「仕事になるか」「失敗しないか」。考えるほど、最初の一歩が重くなります。
けれど、夢中になれたことをたどると、始まりはいつも小さな行動でした。皿を洗う。魚を買って帰る。風船を一つ作る。頼まれた役を引き受ける。
好きだから夢中になるのではなく、目の前のことに飛び込んだから好きになる。
今、夢中になれるものが見つからなくても、焦らなくていいのだと思います。
少し気になることを、損得抜きで一つだけやってみる。夢中は、そこから静かに始まるのかもしれません。
貴重な機会をくださった、となみ野倫理法人会の皆さま。朝早くから耳を傾けてくださった皆さま。本当にありがとうございました!

経営者モーニングセミナーは、会員でない方も参加できます。富山県内各地で開かれていますので、気になる方はお近くの会場へ足を運んでみてください。

